Calendar
SunMonTueWedThuFriSat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
Recommend
地震-終末のミステリー
地震-終末のミステリー (JUGEMレビュー »)
ジャック・ヘイフォード
Recommend
家族の回復
家族の回復 (JUGEMレビュー »)
マルコーシュ・パブリケーション
Recommend
New Entries
Archives
Categories
Recent comment
Profile
Links
Mobile
qrcode
Admin
無料ブログ作成サービス JUGEM
Seach this site
2013.12.04 Wednesday
後継者の育成
本誌(「ハーザー」)編集長の笹井兄が召天されて後も、「ハーザー」を毎月発行し続けることが出米ていることに感謝し、ただ主を崇めるものである。これは何よりも主なる神の御恵みと御あわれみによる。と同時に、笹井夫人を蛤めとする「マルコーシュパブリケーション」のスタッフ一同の使命感と賜物による。これは故笹井編集長が、スタッフ一同を鍛え上げていたからであろう。

教会も同じだが、どのような主にある事業も、後継者の育成が極めて重要である。何よりも人材、人物である。私の場合、宜教師訓練センター所長だが、卒業生は海外に行ってしまって、殆んど海外で一生を過ごす。たまに後継者にふさわしい人材が帰って来ても、教団の要請で神学校校長などに抜擢されてしまう。このように現時点で、「宣教師訓練センター所長」と言う名誉ある要職の後継者に相応しい人材は、全部海外で活躍中で、「所長」 の後継者は手もとには皆無である。

しかし日本の大リパイパルのために、牧師、伝道者の後継者を山ほどつくりたい。それは故笹井編集長も同じ思いだった。それは日本に訪れる大リバイバルの時、救霊の器が山ほど必要であるからだ。過日テレビでたまたま「新日本人」と言う特別番組を観たが現在のニ◯歳代の日本人の若者は、驚くなかれ、その七◯パーセントが「貯務に励んでいる」そうである。そして「酒飲まない」、「タバコ吸わない」「自動車買わない」と言う質素な生活おくっているというではないか。「どうしてそんなに貯蓄に励むの?」のインタビューに若者は答えた。「自分の老後のためです」。周知の如く、これらの若者はバブル崩壊期に育った世代である。つまり贅沢が出来ない時であった。この様に「世代」が人を造るのだ。その世代を造るのは、歴史を支配したもう主なる神である。

我々主の僕は時の兆を視る霊的洞察がなければならない。

我々は主が備えたもう有能な若き獅子達を、目の前に迫っている日本の大リバイバルのために鍛え上げなければならない。それは使徒パウロの様に、”福音のためには、少しも命は惜しくない”(使徒二◯・24)と言う後継者をつくりあげることである。それは自分の幸せのために生きる人生ではなく、人を永遠の祝福に至らせる福音のために、ただ神の栄光のために生きる人生である。

”けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません”(使徒ニ◯・24)
| マルコーシュ・パブリケーションズ | リバイバル | 18:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2013.09.30 Monday
日本の大リバイバルのために
「ハーザー」誌は日本の大リバイバルの為にある。

大リバイバルとは、日本人が群を成して、”私たちをクリスチャンにして下さい”と教会に押し寄せて来て、神の民となり、唯一の真の神を礼拝するようになることである。

”そんな事はあり得ない、信じられない”と思うであろう。しかしそのあり得ない事、信じられない事が起こるのがリバイバルなのである。神に不可能はない。インドネシアでは、中部ジャワの何百年も続いたイスラム農民が、突如、”私たちをクリスチャンにして下さい!”と、群をなして教会に来てクリスチャンになったのである。それは政治的、社会的大変動と共におきた。この総崩れの大リバイバルは、一九六六年に起きたのだが、その一九六六年に私は、日本からインドネシアへの宣教師第一号としてインドネシアに入国した。そしてその大リバイバルを体験した「唯一の日本人宣教師」なのである。だから誰が何を言おうと、私にはそれを証する責任がある。またカリマンタン(昔のボルネオ)の大ジヤングルの中に住む首狩族は、アメリカ改革派教会が多くの犠牲者を出しながら、一◯◯年以上伝道したがビクともしなかった。村長がクリスチャンにならないと誰もならない。その首狩族が、”プロテスタントのクリスチャンになりたい”と改革派教会に連絡してきたのである。そしてその大ジャングルで、毎晩村ごと、村長はじめ全員集団改宗させると言う特権に私はあずかったのである。その後、日本から、韓国から多くの宣教師がカリマンタンにはいり、立派な神学校まで出来ている。魔術師と一体になって村を治めている首狩族の村長が、クリスチャンになるなど考えられない。ジャワ島のイスラム教にどっぷり漬かっていた農民が、突如、”私たちをクリスチャンにして下さい”と、群をなして教会に押し寄せて来るなど、そんなことが起こるなど、誰も考えなかったし、考える事も出来なかった。それが起きたのである。それがリバイバルである。それが日本でも起こる!しかしそれは政治的、社会的大変動と共に起こる。だからその日本の大リバイバルの為に祈り、それに備えなければならない。「ハーザー」誌はそのためにある。

”後の雨(マルコーシユ)の時に、雨を求めよ”(ゼカリヤ一◯ ・1)

奥山実
| マルコーシュ・パブリケーションズ | リバイバル | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2013.06.30 Sunday
リバイバルの新しい定義
このハーザー誌のみならず、いろいろな機会に「リイパルの定義は変わった」ことを伝えてきた。それはあいも変らず、古いリパイパルの定義を持ち出して、プツプツ文句を言う暇人がいるからである。かつてビリーグラハムが”クリスチャンにはリパイパル、未信者には伝道”と言ったように、リパイパルとは「信仰復興」の事で、霊的に衰退した教会が刷新され、名目上の駄目クリスチャンが真のキリスト者になること、信仰が「リパイプする」ことを意味し、キリスト教世界に超こることであった。ところが、有名な「インドネシアのリパイパル」や「中国のリパイパル」では、教会やクリスチャンも刷新されたが、異教徒が爆発的に救われたのである。この様にキリスト教国以外で起こるリパイパルは、教会やキリスト教徒が新たにされるのみならず、異教徒が群を成し て救われるのである。

そこで今や、リパイパルとは教会の刷新のみならず、「異教徒の爆発的救霊」の事を指す。このようにして「ミッション」の定義が変わって、かつては「海外宣教」と言っていたものが、今は「世界宣教」に変化したように、リパイパルの定義も変わったのである。神の御言葉は変わらないが人聞の作った用語は時代と共によく変化する。伝道のために世に出て行くべきなのに、部屋に閉じこもって古い神学書ばかり読んでいると、ピントはずれの仙人になり、役立たずになって捨てられてしまうのである。

韓国の多くの教会が”日本のリパイパルのために!”と折って下さっているが、ぞれは”日本の一%のクリスチャンが刷新されますように!”と祈っているのではなく、日本人が爆発的に教われますように!”と折っているのである。だから韓国の教会を訪問すれば、ほとんどの教会で”日本のリパイパル・一億ニ000万人の教いのために!”などという大きな垂れ幕を講壇に見る事が出来る。これは韓国のみならず、中国の多くの地下教会(家の教会とも言うが、中国共産政府の支配下にある公認に属する家の教会もあるので、地下教会が適切)も日本のリパイパルの為に祈っている。何故中国の地下教会が日本のリパイパルの為に折っているのか。それは聖書が手に入らない時「いのちの水・計画」などを通して、日本から聖書が届けられた際、日本
のクリスチャン人口が一%以下であることを知り、日本人が爆発的に教われるように!と祈り始めたのである。これが現代のリパイパルである。欧米の教会も日本のリパイパルのために祈っている。それは日本で宣教師として奉仕して下さった方々が、母国に帰って宣教報告した時、如何に日本人が教われがたい国民であるかを明らかにしたので、多くの欧米の教会が「日本のリパイパル」を祈っているのである。驚くなかれ、ミャンマーの山の民カチン族のクリスチャンたちも、インドのナガランド族クリスチャンたちも「日本のリパイパル」の為に祈っているのである。そして遂に日本に大リパイパルが米る!それは日本人が「総崩れで」主イエス様を通して唯一の真の神に立ち返る時である。そんな事は「ありえない」と思うであろう。その「ありえない」が起きるのがリパイパルなのである。何故か。「リパイパルは神業」であるからだ。日本の大リパイパルの為に祈ろう!
マラナ・タ・主よ来たりませ!!

奥山実
| マルコーシュ・パブリケーションズ | リバイバル | 14:05 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
2013.05.23 Thursday
リバイバルは神業である
 米同トリニティー神学校教授であったハーバード・ケイン博士の”宣教史”のテキストは、多くの神学佼で用いられているが、その中で初代教会の爆発的成長(リパイパル)に貢献した三つの文明について明らかにしている。

 それはギリシャ文明、ローマ文明、ヘプル文明である。広大なローマ帝国中に、僚原の火の如く拡大した初代教会の驚異的成長の要因の中で、この三つの文明の貢献を忘れてはならない。つまりリバイバルは突発的な出来事ではなく、歴史を支配したもう神のご計画によって起こるのである。「リバイバルは神業」なのだ。周知の如く、ギリシャ語が当時の世界の共通語になっていたが、これによって「パウロの一行」(使徒一三・13)は国や地域が変わる毎に、いちいち新しい言語を学ぶ必要はなかったのである(インドネシアや中国のリバイバルも言語の統一が大きな要因)。

 それにしても誰が一体このギリシャ語を当時の世界の共通語にして、計らず福音の備えそしたのか。実はその最大の功労者はアレキサンダー大王なのである。彼は全く己の野心で世界制覇に乗り出し、征服した国々にギリシャ語を押し付けたのだが、それが初代教会の大リパイパルの一大要因となった。実にこの世の王達も歴史を支配したもう主の御手の中にあるのだ。だからペルシャの王クロスが神の民イスラエルの解放に用いられたように、しばしば異教の王が神の器として神のご計画を遂行する。つまり神に勝てる者は誰もいない。ギリシャに代わって世界を制覇したローマは、治安維持に力を注ぎ、海から海賊を一掃 し、陸では”すべての過はローマに通じる”と言われたように、帝国内の紛争地にローマ軍が速やかに到達出来るよう、山を貫き、谷をうめ、出来る限り真っ直ぐな道を造ったのである。これによって福音の使者「パウロの一行」は、激しい抵抗と迫害にも拘らず、より早く、より安全に町々を巡ることが出来たのだ。

 そしてもう一つ、それはヘプル文明。次々に列強に支配され、故郷を迫われて世界中に離散したユダヤ人は、異教の国々に、唯一の真の神への信仰と知識をもたらし、多くの異邦人「改宗者」がシナゴグに参加していた。使徒の働きを読めばお分かりのように、これ等の「改宗者」や「神を敬う者」が次々に福音を受け入れたのである。この様に、ギリシャ、ローマ、ヘプルの三文明が、初代数会の大リパイパルに貢献したのを見てお分かりの通り、リパイパルは神の御計画によって起こる「神業」なのである。神業であるが故に、「あり得ない事が起こる」奇跡の連続となる。

 何百年も続いたインドネシアの中部ジャワのイスラム農民が、群をなしてクリスチャンになった様に、日本人が大挙してクリスチャンになり、日本が唯一の真の神を礼拝する国になる日が米る!それが日本のリパイバルでめる。常識的に「そんな事ありえない」と思うであろう。その「ありない事が起こる」のがリバイバルなのである。「リバイバルは神業」であるからだ。日本にその大リバイバルが米る!それは政治的、社会的「大変動の時」、日本が根底からひっくり返るような時である。その日のために祈り、備えてゆこう。

”見よ。わたしは、すべてを新しくする”
(黙示二十一・5)

奥山実
| マルコーシュ・パブリケーションズ | リバイバル | 17:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2011.05.18 Wednesday
「産みの苦しみの初め」(マタイ24:8)
本誌編集長 笹井大庸

 「東日本大震災」 を通して。神は何を語っておられるのだろうか。
 これはたいへん大きな課題である。
 神の裁きなのか。世の終わりなのか。人類の罪の刈り取りか。神の呪いか。
 それとも日本の大リバイバルの始まりなのだろうか。
 東北にある教会は津波に流されたり、福島の浜通りにある教会は原発事故のために、その地を追われてしまった。
 その人たちは、神の裁きを受けたのだろうか。主イエスの答えは、次のように明白である。
 「また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたはかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」
(ルカ13:4、5新共同訳)
 震災後の祈り会で、一五年の中国宣教から帰国されて、国内を中心に働いておられる竹内宣雄宣教師にお会いして、ちょっとお話を聞く機会があった。
 中国では一九四九年の共産革命で、海外から来ていた宣教師は一掃され、中国プロテスタント宣教一五〇周年(一九五七年)から二〇〇周年(二〇〇七年)の間、大リバイバルが起こり、中国人クリスチャンの数が一〇〇倍以上に増殖した。つまり、一九五七年の時点で八〇万人のクリスチャンが、五〇年後の二〇〇七年で八〇〇〇万人から一億人になったそうである。
 その中国リバイバルのカギは、共産政府による 「迫害」 であった。迫害によってリバイバルが起きるというのは、西洋的なキリスト教である祝福の神学からすれば、裏ワザのようなことである。同じように、日本は地震、津波、原発事故の 「苦難」 から、またそれに伴う経済的困難の中からリバイバルが産み出されるのではないだろうか。
 日本のプロテスタント一五〇周年は、二〇〇九年であり、様々な記念行事が行われた。
 中国リバイバルのペースで宣教が進むとするならば、二〇〇九年に五〇万人くらいのクリスチャン人口が、二〇五九年には、一〇〇倍の祝福で五〇〇〇万人になっていることになる。いや、もっと早いスピードで終末のリバイバルを迎えるかもしれない。
 3・11東日本大震災は、その意味の大きな転換期として捉えられることになるだろう。しかし、これはまだ 「産みの苦しみの初め」 であり、さらに深刻な 「苦難」 の中でリバイバルは広がって行くのではないだろうか。
| マルコーシュ・パブリケーションズ | リバイバル | 19:09 | comments(19) | trackbacks(0) | pookmark |