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2011.03.19 Saturday
3月11日(金)第一日目〜3月12日(土)第二日目
 笹井です。たくさんのお問い合わせ感謝です。たいへんご心配いただきましたが、現在、京都にいて家族全員無事です。

○3月11日(金)第一日目

 11日の地震当日は、早朝に福島を出て、東京・新宿シャローム教会で、8月のガジマ聖会の会議に出席していた。一度目に大きく揺れたときに、表に出ると、高層ビルが大きく揺れていた。それでも揺れがおさまると、また会議が再開されたが、二度目の大きな揺れがきたので、会議は中止になり、私はとりあえず新宿駅に急いだ。新宿駅は封鎖されていて、南口駅ビルのハイビジョンの大きな映像で、テレビが放映されていた。津波の様子を見て、たいへんな事態であることを実感した。しばらく、見ていると、なんとしても帰らなくてはならないと思い、電車が動き出す様子がないので、祈りながら東京駅まで歩くことにした。夕方6時に相馬行のバスが出発するからだ。警察官に問い合わせた時は1時間以上かかるということだが、道を間違えたこともあり、東京駅の新丸ビル前に、二時間かかって、6時27分に到着したのだった。

 ところが、バスは定刻に出発してしまっていた。このように電車が止まっているのだから、多くの人が乗り遅れることが予想できたのに、なぜ、30分も待てなかったのだろうかと憤慨した。東京駅の電車も止まっていたので、こうなったら常磐線で帰るしかないと思い、ゆっくりと上野駅に向かって歩き始めた。この時点では、遅くなってからでも常磐線が動くだろうと思っていたからだ。

 1時間くらい歩いて上野駅に着くと、駅はシャッターで閉じられ、多くの人々が難民のように駅を取り囲んでいた。こうなっては泊まるしかないと思い、駅周辺のホテルを隈なく歩いたがすべて満室。警察署や区役所にも訊ねたが、あまり成果はなかった。こうなったら、サウナに泊まろうと思って、地震でエレベーターが動かないので、痙攣する足を引きずりながら、ビルの4階まで上ったが、私の2人前でロッカーがなくなり、入場ストップ。この時には、ああ、と天を仰いだ。

 気を取り直して、御徒町方面に昔、馴染みのスナックがあったのを思い出して探したが、見つからない。もう駄目かと思って、歩いていると、午後10時ころになって、地下鉄が動き出した。水道橋に終夜営業の温泉があるのを思い出して、大江戸線で春日駅に行った。しかし、地震のために営業を中止した旨の貼り紙があった。ここでも相当ショックだったが、何とか泊まるところを探して、近くのドームホテルを目指した。高くても泊まろうと決心して、ロビーに入ると、ここにも難民が押し寄せている。泊まれるどころではない。ロビーが解放されて、300人以上の人がロビーの広場に椅子を置いた仮設の休憩所に屯している。ロビー2階のエレベーターの前の絨毯を引いた廊下にたくさんの人が寝ていたので、そこに陣取って休むことにした。10時ころのことである。外は寒かったが、ここは暖かい、ドームホテルに感謝して、靴を脱いで正座した。5時間以上も歩いたので、この方が楽だ。

 いくら携帯電話をかけてもどこにも通じない。この事態が許されたことにどのような意味があるのか、静かに祈った。ここで最初に悟ったことは、主はこの状況を私に見せていることである。

次に悟ったことは、右に行くか、左に行くか、留まるべきか、出発すべきか、そのことを主に聞き従う訓練をりされているということである。このような災害のなかでは、瞬時に主に聞いて従うことが生きる道である。

 しばらくすると、京都のAさんをはじめ、何人かから安否の電話を受けた。女房とは午前一時ころやっと繋がり、無事を確認しあった。一時間くらい寝たが、地震の情報が気になって、ホテルのテレビを見ていた。津波の被害は私の住んでいる南相馬市も大きくてビックリした。1800世帯が流されたという。観測史上最大の地震だそうで、これ、聖書がいう「終わりの日」がぐっと近づいていることを思わさせる。

 ともかくもう一度、一時間くらい寝たが、朝6時くらいに起きた。

○3月12日(土)第二日目

 水道橋駅のマックで7時に朝食。その後、今日は常磐線が動いてくれることを期待して、地下鉄で上野駅に向かった。足が張ってしまって、歩くのも痛い。上野駅に着くと、相変わらずシャッターが閉じていて、群衆が押し寄せているが、混乱をさけて改札を行なっていない。携帯電話のテレビで情報を得ると、中央線や山の手線が動いているのに、改札をしないのはどういう訳なのか? 東京・日野教会の加藤牧師から電話が入って、中央線は動いているから、日野に来たらどうかと誘ってもらった。高速バスも動いていないので、東北方面に行くことは全く不可能であることが分かったので、日野に泊めてもることにして、地下鉄・大江戸線で新宿に行った。乗換えて、中央線に乗ったが、日野の一つ手前の立川で降りて、昼食をとることにした。立川には以前マルコーシュの事務所があったので懐かしかった。ここでラーメンを二軒はしごした。昨夜はカレーうどんで済ませてしまったので、腹が空いていたし、立川の「鏡花」というラーメン屋に久しぶりに行きたかったからだ。しかし、その途中で新しいラーメン屋に入ってしまったので、結果、はしごとなった。お腹をいっぱいにして、日野に向かった。

 日野教会は私の母教会でもあるので、救われた思いで、シャワーを浴び、夕方まで寝かせてもらった。夜、加藤牧師と食事をしていると、明日の第一礼拝が終わると甲府の教会での葬儀の手伝いがあって出かけるので、第二礼拝で現改訳聖書と原町での教会の様子を語るように言われた。メッセージの御用ができることは、願ったり叶ったりなのだが、何しろ聖書も持っていないし、準備の時間がないので、不安であった。(つづく)



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