「ハーザー」誌は日本の大リバイバルの為にある。
大リバイバルとは、日本人が群を成して、”私たちをクリスチャンにして下さい”と教会に押し寄せて来て、神の民となり、唯一の真の神を礼拝するようになることである。
”そんな事はあり得ない、信じられない”と思うであろう。しかしそのあり得ない事、信じられない事が起こるのがリバイバルなのである。神に不可能はない。インドネシアでは、中部ジャワの何百年も続いたイスラム農民が、突如、”私たちをクリスチャンにして下さい!”と、群をなして教会に来てクリスチャンになったのである。それは政治的、社会的大変動と共におきた。この総崩れの大リバイバルは、一九六六年に起きたのだが、その一九六六年に私は、日本からインドネシアへの宣教師第一号としてインドネシアに入国した。そしてその大リバイバルを体験した「唯一の日本人宣教師」なのである。だから誰が何を言おうと、私にはそれを証する責任がある。またカリマンタン(昔のボルネオ)の大ジヤングルの中に住む首狩族は、アメリカ改革派教会が多くの犠牲者を出しながら、一◯◯年以上伝道したがビクともしなかった。村長がクリスチャンにならないと誰もならない。その首狩族が、”プロテスタントのクリスチャンになりたい”と改革派教会に連絡してきたのである。そしてその大ジャングルで、毎晩村ごと、村長はじめ全員集団改宗させると言う特権に私はあずかったのである。その後、日本から、韓国から多くの宣教師がカリマンタンにはいり、立派な神学校まで出来ている。魔術師と一体になって村を治めている首狩族の村長が、クリスチャンになるなど考えられない。ジャワ島のイスラム教にどっぷり漬かっていた農民が、突如、”私たちをクリスチャンにして下さい”と、群をなして教会に押し寄せて来るなど、そんなことが起こるなど、誰も考えなかったし、考える事も出来なかった。それが起きたのである。それがリバイバルである。それが日本でも起こる!しかしそれは政治的、社会的大変動と共に起こる。だからその日本の大リバイバルの為に祈り、それに備えなければならない。「ハーザー」誌はそのためにある。
”後の雨(マルコーシユ)の時に、雨を求めよ”(ゼカリヤ一◯ ・1)
奥山実
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